鳥海山 伏流水
鳥海山の氷河を源とする地下水を使って仕込む酒
清酒杉勇(すぎいさみ)醸造元の杉勇蕨岡(わらびおか)酒造場は、鳥海山の修験道が盛んだった鳥海山大物忌(おおものいみ)神社蕨岡口之宮(わらびおかくちのみや)にあった宿坊の酒蔵から酒造免許を引き継ぎ、神社から少し麓に下りた現在の場所に1923年に蔵を構えて酒造りを始め、昔ながらの酒造りを100年にわたって続けている。蔵の地下には、鳥海山の氷河を源とする伏流水が豊富に流れ、その水を汲み上げて酒を仕込んでいる。井澤さんが「酒造りはやはり水でしょうか」とたずねると代表の茨木髙芳さんいわく、「仕込みの工程で最も大事なのは、削った米を洗って水を吸わせる浸漬(しんせき)という作業です。削った米にどれだけ水を吸わせるかで酒の味が変わるし、その後の造り方も変わってきます」とのこと。名酒の出来はやはり水で決まるのだ。
杜氏(とうじ)の鈴木巧さんは夏の間は農家として米を育てているが、その米も「杉勇」の醸造に使われているそうだ。「ご自分で作った米で酒を造り、それを飲めるなんて最高ですね」と井澤さんが話すと、「ええ、贅沢です」と鈴木さんもにっこり。遊佐の歴史の流れのような、ゆっくりと味わえる酒が造られている。
原料である米を洗い、水に浸す。水は鳥海山から流れる地下水を使っている。
蒸した米を手で揉みながら攪拌。適温に冷ましてから麴菌(こうじきん)をふりかけて麴を作る。
樽の中で発酵中のもろみを覗き込む井澤さん。
3~4週間発酵させたもろみを搾ると、酒と酒粕ができる。
酒造場に祀られている神棚の横には仕込みに使った米の稲藁(いなわら)が展示されている。
蔵をバックに、できあがったお酒を手にする井澤さん。代表の茨木さん(左)と、杜氏で米農家の鈴木さん(右)。清酒杉勇は遊佐を中心に販売され、「道の駅 鳥海 ふらっと」でも購入することができる。
山形県酒造組合HP
水にこだわって造る遊佐ならではのウイスキー
遊佐の地で本場スコットランドの伝統的な製造・熟成方法でシングルモルトウイスキーを造るのは遊佐蒸溜所だ。「小規模ながらきらりと光る、遊佐ならではのウイスキーを造りたいです」と話すのは代表兼蒸溜所長の佐々木雅晴さん。スコットランドから技術者を招きコミッショニングを受け、2018年よりウイスキー製造を開始した。こだわりを見せる遊佐蒸溜所には小さくて可愛らしい外観でありながらも、本格的な蒸溜所を目指すという頭文字でつくったTLAS(トラス)というコンセプトがある。木製樽で3年間の熟成を経た「YUZA First edition 2022」を発売すると、世界的な酒類コンペティションであるインターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)2022でGOLDを受賞した。発売にあたり大切にしたのは、「私自身がおいしいと思えるもの」を造ることだった。
遊佐蒸溜所のこだわりの一つが、水だ。「水によって麦汁に溶け込む栄養分の質や量が違うという研究もあるように、水はウイスキー造りに影響します」と佐々木さんは、鳥海山の麓に蒸溜所を構えた理由として水を挙げる。鳥海山に抱かれた遊佐で、世界に挑戦するウイスキーが生まれている。
蒸留した液から風味の良い部分だけを取り出すミドルカットの作業。担当者が官能検査も行う。
スコットランド産の麦芽から麦汁を作り、酵母で発酵させた液をスコットランド製のポットスチルで蒸留する。
保温性に優れた木製の発酵槽を使用。
ミズナラ樽やバーボン樽で熟成させた「YUZAシングルモルトウイスキー」。
世界最高級のジャパニーズウイスキーを探求する遊佐蒸溜所。「スコットランド伝統のウイスキー造りをベースに、遊佐の環境に合うかたちにアレンジしています」と佐々木さんは言う。
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遊佐各地の水を数日間かけてめぐった井澤さんは、「みずみずしく甘味のある野菜からは香りやおいしさもさることながら、大地のエネルギーをたっぷり感じ、水も土も良い遊佐からの贈り物はパワーが違いました。清らかな水に手を入れたときの感覚は私の五感を芯から刺激し、心身を充電できました。鳥海山を巡る水の循環と豊かな食文化を体感できたことに感謝しています」と遊佐への思いを語った。
井澤由美子 IZAWA Yumiko
いざわ・ゆみこ 料理家、調理師、国 際中医薬膳師・国際中医師。身体を健やかに保つ発酵食や薬膳に詳しく、美容や健康に良いレシピを数々提案。日々に役立つシンプルなレシピにファンが多い。カラダを潤す企業商品開発を多く手がけ、NHK「きょうの料理」「あさイチ」などの料理番組にも出演。著書多数。近著に『まいにち食薬養生帖―365日の食が心とからだの薬になる」(リトルモア)など。
写真●津留崎徹花 文●松井健太郎 コーディネート●中野りつ(乾物ミライスト、鶴岡ふうどガイド)