鳥海山 伏流水

Vol. 1
山形県遊佐町
鳥海山・飛島ジオパーク

山形には多くの湧水があります。その中でも遊佐町(ゆざまち)では、鳥海山(ちょうかいさん)から湧き出る12か所が「里の名水・やまがた百選」として認定されています。湧水は場所によって味が異なって感じられ、地域の人々は湧水ごとに料理用やコーヒー用にと好みの水を汲み、水の恵みを活用しています。

羽黒山(はぐろさん)、月山(がっさん)、湯殿山(ゆどのさん)の出羽三山(でわさんざん)と並ぶ名峰の鳥海山もまた、地域の人々の信仰の対象として崇(あが)められてきました。鳥海山に降る雨や雪は、流水となってゆっくりとろ過され、清らかな湧水になります。その湧水は大地を潤し、春から夏は米作り、秋から冬はサケの遡上を支えて、人々の暮らしとともにありました。

またこのエリアは「鳥海山・飛島(とびしま)ジオパーク」として日本ジオパークの一つに認定されており、域内の自然遺産や観光資源は地域の人々によって守られています。

鳥海山山腹の深い森の中にある胴腹滝(どうはらのたき)が「里の名水・やまがた百選」であることを示す看板。遊佐町の水辺のあちらこちらで見ることができる

特集 ウォーターツーリズム

井澤由美子のめいすいの旅
悠久の時を流れる水が食と命を育む

山形県遊佐町

日本の名水とそこに息づく食や文化を料理家の井澤由美子さんが探訪する「めいすいの旅」。初回は、湧水と暮らし、そして食が共存する山形県。サケの遡上の時期に合わせて12月上旬に訪れた。この季節は雪のことが多いが、青空に浮かぶ鳥海山が井澤さんをやさしく迎えてくれた。

約10万年前に鳥海山より流れ出た溶岩層の隙間から湧き出す胴腹滝(どうはらのたき)の湧水の前に立つ井澤さん。鳥海山に降った雨や雪が溶岩層に染み込み、年月を経て湧き出している。

暮らしを育む遊佐の気持ちいい湧水

「雪山、麓の紅葉、青い空とハクチョウ。そして、おいしい湧水。この最高の取り合わせを味わえるのは、秋から冬の旅だからこそですね」。名水を求めて旅にでかけた料理家の井澤由美子さんは、映画『おくりびと』の舞台にもなった川岸の高台から鳥海山を眺め、両手を広げて大きな深呼吸をする。

探訪した山形県遊佐町(ゆざまち)には湧水や自噴井戸が300か所以上もある。たくさんの湧水があるのは、標高2,236メートルの鳥海山(ちょうかいさん)が町を抱くようにそびえているからだ。約60万年にわたって火山活動を続ける鳥海山から流れ出た溶岩は、遊佐の大地に広がっている。日本海を流れる対馬海流からの水蒸気は雲となり、大陸から吹く冬の季節風にのって鳥海山にぶつかる。そうして鳥海山に降った雨や雪が溶岩層に染み込み、長い歳月をかけて遊佐の町や森、砂浜から湧き出すのだ。水道が敷かれたく今も、住民は湧水を汲んで飲用や料 理の水として利用している。水の大循環が目の前で繰り広げられている土地―― それが、遊佐という町だ。

ここには暮らしの中に息づいた水文化がある。たとえば、神泉(かみこ)の水は、女鹿(めが)集落の生活を支える湧水だ。六つある水槽の上から下へ水が流れていくもので、「1段目は飲み水、2段目は野菜や海藻を洗う水槽。3段目は洗濯、4段目は汚れ物の洗濯。5段目は鍬(くわ)や農具や泥のついた靴、6段目は昔はおしめを洗っていました」と集落の住民が教えてくれる。井澤さんはその仕組みに感心しながら、2段目の水槽で「道の駅 鳥海 ふらっと」でその日の朝買った野菜を洗った。清洌な湧水に朝日が照りつけ、白いカブが「カブが喜んでいる!」と井澤さんも湧水を手にすくい、その冷たさや感触を楽しんでいた。

遊佐には冬になるとたくさんのハクチョウが飛来して田んぼの落ち穂をついばみ、その様子を見守るように鳥海山がそびえる。鳥海山の水はおいしい米を育み、生き物の多様性もまた保たれる。「ハクチョウが好きで写真をすぐに撮りたくなっちゃう!」とは井澤さん。

神泉の水でカブを洗う井澤さん。山の湧水をパイプで引いて坂道に沿う形で水槽を設け、水が上槽から下槽へ流れるようにしている。「集落の方が順番に掃除されていると聞きました。大事に使われているのですね」。

池の底から湧き出した水だけをたたえる丸池様(まるいけさま)。ほとりには池を御神体とする丸池神社が祀られていて、井澤さんも旅の無事を祈った。エメラルドグリーンに輝く水面に周囲の木々の葉が映り、神秘的な雰囲気に包まれている。

鳥海山の溶岩層は海まで到達している。釜磯海岸の浜辺では、砂浜の下の溶岩層からポコポコと湧水が湧き出している。深いところもあり、落ちると腰まで沈み込んでしまうこともあるという。

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