鳥海山 伏流水

胴腹滝には左右から2種類の湧水が出て、人によっておいしいと感じる水が違うという。「私は左側の水がおいしいと感じる」と井澤さん。

鳥海温泉 遊楽里(ゆらり)、鳥海温泉保養センター あぽん西浜では温泉に入ることができる。温泉も鳥海山の恵み。「あぽん」は遊佐の方言で、母親がおさな子と一緒にお風呂に入ること。
海温泉 遊楽里

朝、「道の駅 鳥海 ふらっと」で、地元で穫れたての新鮮な野菜を購入する井澤さん。地元の人が人気のナガイモを箱買いしているのを見て、「私も!」と手にする。

ほかにも食用菊、パプリカ、ヒラタケなど旬の農産物が所狭しと並ぶ。

道の駅では、山形名物の玉こんにゃくと、遊佐町産のナメコを使ったなめこおろしそばをいただいた。

春夏秋冬、水の恵みが真ん中にある生き方

鳥海山から流れてくる湧水は、遊佐の豊かな食文化を育んでいる。遊佐では豊富な水量を生かして一年の半分は農業を営み、残り半分はサケ漁や酒造りを行うなど、人々は風土・気候とともに暮らしてきた。たとえばサケ漁では、明治時代には鳥海山に水源を持つ月光川(がっこうがわ)水系にサケの採捕場と人工孵化(ふか)場が設けられた。100 年以上にわたり、サケの人工孵化に取り組み、孵化のための卵を他県に提供することもある。

井澤さんが訪れたのは、枡川(ますかわ)鮭漁業生産組合の採捕場だ。川幅数メートルの滝淵川(たきぶちがわ)に、アイヌ語でウライと呼ばれる柵を設置し、上流にある人工孵化場を目指して遡上するサケを大きな網で捕まえる。「採った卵は孵化場で稚魚になるまで育て、2~3月頃、体長5センチほどになったら川に放流します。遊佐の海からオホーツク海、ベーリング海、アラスカ湾などを回遊しながら大きく育ち3年から5年後に80センチ以上にもなって母なる滝淵川に帰ってきます」と組合長の尾形修一郎さんが教えてくれる。

水でつながる山も川も海も、豊かであり続けるために。

月光川水系の一つ、滝淵川。鮭漁業生産組合ではサケの稚魚の放流前や、サケが遡上してくる前には川をきれいに掃除する。

川の水はもちろん、鳥海山から流れ出る美しい水だ。サケたちは、鳥海山の水の匂いや水質を覚えていて、その記憶を頼りに故郷へ戻ってくるといわれている。ただ、例年であれば川はサケでいっぱいになっているこの時期も、2023年は遡上の開始が遅く例年の半分ほどとのこと。人工孵化場を運営する組合員の佐藤智明さんは「地球温暖化の影響による海水温の上昇が原因でしょうか、サケの回帰率は下がって0.3パーセントほど。目指すのは0.5パーセントで、1000万匹放流して5万匹戻ることが目標です」と話す。

回帰率を上げるためには環境の変化だけでなく、大海原で出合うあまたの外敵から身を守れる生命力の強い健康な稚魚に育てる工夫も必要だ。飼育池の深さもその一つ。「浅い池だと横の動きしかできませんが、ここは90センチと深いので縦方向にも泳げて、敵から逃れる泳ぎ方を身につけることができます」。

漁業生産組合が運営する人工孵化場で稚魚に育てるまでの工程や思いを聞いた。サケが過ごしてきた環境(水温や餌の量)がわかる器官である耳石(じせき)に卵の段階で標識を施す施設。

卵の中に見える黒い点がサケの眼。選り分けた発眼卵養魚池で孵化させる。

山、川、海のつながりと自然の恩恵に感謝する

ウライの柵から上流には進めず、ここでサケは捕えられる。

ウライで捕まえたサケはオスとメスに分けられ、メスからイクラを採りオスの精子をかけて合わせ、人工孵化場で稚魚に育てて放流する。一部のイクラや身はメス、オスともに水産会社に卸されるが、加工場の小屋で干す「鮭とば」も遊佐の名産として人気だ。井澤さんも、箕輪(みのわ)鮭漁業生産組合で、寒い冬の風に当てて熟成させた鮭とばを、選び方を教わって吟味しながら購入し、鮭とばをどういった料理にアレンジしようかと研究に余念がない。

枡川鮭漁業生産組合長の尾形さんから乱獲ではなく共存のための漁業と稚魚放流について話を聞きながら、サケからイクラを取り出す様子を見学する井澤さん。粒が大きいのが特徴だ。

箕輪鮭漁業生産組合の鮭とばを吟味する井澤さん。川のサケは海のサケよりも脂が落ちて味はあっさりしているが、鮭とばのように干すには脂が少ない方がおいしくなるとレクチャーを受けていた。

枡川鮭漁業生産組合に隣接するさけます増殖資源加工センター(代表・佐藤徳江さん)ではサケのみそ粕漬けも作って販売している。酒粕、みそ、砂糖などを混ぜてガーゼに塗り、サケの切り身に巻いていく。ガーゼを使うのは、「うま味と甘味を均一に染み込ませるためと、塗ったみそをそぎ取る手間が省かれるからです」と、作り手の佐藤泉さんが教えてくれる。「4~5日後が食べ頃ですが、私は濃いめの味が好きなので1週間ほど置きます」と佐藤さんが言うと、「私も。お酒にも合いそう!」と井澤さんが笑顔で応える。遊佐の家庭では醤油漬けにしたり、すり身にして揚げたり、昆布巻きにしたりと、さまざまな形でサケを味わうそうだ。サケは代々伝わる郷土料理として遊佐の食文化を育んでいる。
枡川鮭漁業生産組合の理念は、『豊かな海』を創ること」。海が豊かであるためには、川も山も豊かな必要がある。「水でつながる山、川、海を感じながらいただくサケの味は自然の恩恵に満ちています」と、井澤さんは自然に感謝しながらサケの料理を堪能した。

加工センターでみそ粕漬けを作る佐藤泉さんと、作り方を尋ねる井澤さん。

じっくりと焼き上げたサケのみそ粕漬けとサケの昆布巻き。ともに遊佐に伝わる味わい深い郷土料理だ。

遊佐で放流されたサケは海流に乗って旅をする。その中の何万匹に1匹が、幻の高級ブランド鮭「めじか」となる。めじかとイクラで親子丼を作った。めじか特有の脂ののったとろける食感とイクラの弾ける食感とが相まって絶妙の味わい。

枡川鮭漁業生産組合

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